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II.《青ひげ公の城》という物語について
 一般にはジル・ド・レがモデルだと言われています。ジル・ド・レという人物は、ジャンヌ・ダルクと一緒に戦った人で若くして元帥と呼ばれていました。ところがジャンヌ・ダルクが宗教裁判にかけられ火刑にかけられた後、変になってしまいました。錬金術、黒魔術にのめり込み、悪逆非道の限りを尽くしました。悪逆非道にはそれなりのお金がかかるものですが、ジル・ド・レは当時、フランス国王に次ぐ資産を所有していました。この悪逆非道の詳細は、ここには書くことができません。それほど酷いものです。
 先に「一般には」モデルとされていると書きましたが、立証されているわけではありません。一ついえることは、青ひげが妻の連続殺人がテーマであるのに対し、ジル・ド・レがやったことは男児の連続殺害です。ちょっと違うかな、とも思いますが、ジル・ド・レの出身地域(フランス西部)では、疑うことなくジル・ド・レ=青ひげ、と信じられています。
 誰がモデルかはともかく、青ひげ伝説を最初に文字に記したのは、シャルル・ペローというフランスの作家です。実はここにもコムツカシイ問題があって、最初に書きとめたのは息子のピエールでそれに手を加えたのが父のシャルルだとか、そもそも、父の話したものをピエールが書きとめたのだとか・・・そんなことは今はどーでもええがね。
 その後、グリム兄弟が、童話集に《青ひげ》を収録します。ところが、第2版以降(何度も再版しています)、この話を削除してしまいます(但し、岩波文庫《グリム童話集》では第2巻に再録されています)。グリム兄弟が何故削除したのか、それについてはグリム兄弟自身、何も語っていないので本当のところはわかりませんが、メルヘン(おとぎ話)にしては残酷だとか、類似の話が他にあるからとか、いやいや、ナポレオンのドイツ侵略が関係しているとか・・・そんなことは今はどーでもええがね(つぅか、お前が勝手に書いとるんやないかって突っ込んでね)。
 舞台の題材としても、バラージュの他にもたくさんの人が書いています。メーテルランク、オイレンブルク、デュカス、レズニチェック、オッフェンバック・・・他、アナトール・フランスの《青ひげの七人の妻》(善良な青ひげ!)とか、寺山修司の、青ひげが登場しない青ひげ・・・etc,etc
 このように、《青ひげ》のバージョンがいろいろあります。主だったところを比べてみたいと思います。歴史的に古い順が適当だとは思うのですが、今はまず、バルトーク=バラージュの青ひげの内容を掲げておくのが、比較しやすいと思うので、まず、そちらから。
 青ひげの新妻、ユディットが青ひげとともに城に到着します。そこで青ひげは最後の確認をします。
「お前の母は喪服をつけ、父親は剣を腰につるし、兄は馬に鞍を置いている(母は嘆き悲しみ、父や兄は怒っている)。それでもついてくるか?」
「私は父母を捨て、兄を捨て、許婚さえも捨てました。」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!」
「では、扉を閉めよう」
「これが青ひげの城なのね。窓はないの?」
「ない」
「日は差し込まないの?」
「差し込まない」
「いつも寒いの、いつも暗いの?」
「寒くて暗い」
「人は噂をしているわ。」
「お前は噂を聞いたのか。」
「あなたのお城はなんて暗いの。壁が濡れている。城が泣いている。」
「お前はやはり許婚のもとへ戻った方がいい。」
「私を苦しめないで。ああ、なんて暗いの。お気の毒に。」
「何故、私のところへ来たのだ、ユディット?」
「濡れた壁を乾かすの。窓を開けて明るくするの。日が差し込むように。風が吹き込んで、日が差して、お城が輝くように。」
「わしの城が輝くことはないのだ。」
「私にすべてを見せて。七つの開かずの扉!どうして閉まっているの?」
「誰も見てはならない。」

 物語はこのように始まります。そしてユディットの「愛する人の全てを知りたい!」という、至極当然(に思える)主張に、青ひげは抵抗しながらも、結局は、押し切られていきます。青ひげカギを渡し、ユディットが扉を開けていくことによって、それが描写されます。
第1の扉:拷問部屋。壁には血が滴っています。
第2の扉:武器庫。武器は血にまみれています。
 次に、青ひげは次の三つの部屋のカギを渡します。
第3の扉:宝物庫。素晴らしい宝物で満たされた部屋。しかしその宝物にも血がついています。
第4の扉:秘密の庭。大きな百合、真っ白なバラ、赤いナデシコ。ここの土も血に染まっています。
第5の扉:青ひげの美しく広大な領地が見えます。絹のような野原、ビロードのような森、銀色の河、青い山脈・・・けれども雲は血のように赤い。
 青ひげはこれ以上カギを渡すことを再び拒否しますが、ユディットの熱意に負けてしまいます。既に「熱意」以上のものがユディットを突き動かしています。
「もう、どうなってもかまわない。」
第6の扉:白い湖が見えます。青ひげは、これは涙の湖なのだと告げます。

残るは最後の扉だけになりました。
「最後の扉は開けないぞ。」
「青ひげよ、私を可愛がって。」
「接吻しておくれ。もう、何も聞かないでくれ。」
「教えて、私の前に愛した人のことを!」
「接吻しておくれ。もう、何も聞かないでくれ。」
「愛した人は、どんなだったの?私より美しかったの?私より立派だったの?」
「私を愛してくれ。何も聞かないで。」
「第7の扉を開けて!私にはわかるわ。第7の扉の向こうに何が隠されているか。武器に血がこびりつき、王冠は血にまみれ、花園の土が血に染まり・・・あの涙の湖は誰が流したのかわかっています。あの部屋で、今までの人が殺されているんだわ。ああ・・・噂は本当だったのね。」
「ユディット!」
「開けて!」
 ついに青ひげは第7の扉のカギを渡します。
第7の扉:ユディットの想像通り、そこには3人の先妻がいました。しかし、生きていたのです!3人は立派な身なりで誇らしげにゆったりと出てきます。青ひげは跪きます。
「私より美しい、私よりも立派だわ。私はみすぼらしい。」
「最初の女を見つけたのは夜明けだった。」
「私より美しい、私よりも立派だわ。」
「2番目の女を見つけたのは真昼だった。」
「私より美しい、私よりも立派だわ。」
「3番目の女を見つけたのは夕暮れだった。」
「私より美しい、私よりも立派だわ。」
「4番目の女(ユディット)を見つけたのは真夜中だった。」
「やめて!」
「星が輝く真夜中だった。」
「やめて!私はまだここにいるわ。」
青ひげは宝物庫から王冠と夜会服を取り出し、夜会服をユディットにかけます。
「いりません、いりません。」
「王冠はお前のものだ。」
「青ひげよ、やめて!」
「わしの一番の宝物はお前だ。お前は美しい。一番美しいのはお前だ。」
ユディットは青ひげと見つめあった後、他の女のあとを追って第7の部屋に入っていきます。扉が閉まります。
「もう、永遠の夜だ。夜だ・・・夜だ・・・」
===== 幕=====

 これがバルトーク=バラージュの青ひげの筋です。これを踏まえて、他の青ひげを見てみましょう。まず、ペロー版。
 青ひげの隣りに住んでいる夫人に娘が二人います。青ひげはどちらかの娘と欲しい結婚したいと申し込みましたが、青ひげの見栄えがこわいのと、先妻たちがどうなってしまったのか誰も知らないということで、娘は結婚する気になれませんでした。そこで青ひげはパーティーを開き、娘や娘たちの友人を招き、飲めや歌えの大宴会を催しました。その結果、青ひげの株はうなぎのぼり、娘は結婚してもいいかなって、思うようになり、めでたく片方の娘と結婚することになりました。
 1ヶ月ほど経ったある日、
「6週間ほど旅に出ることになった。わしの居らぬ間、自由に過ごすがよい。ここに城中の部屋のカギがある。全部見て楽しむがよい。ところでこのカギは、下の廊下の突き当たりにある小部屋のカギだ。ここだけは入ってはならぬ。もしお前がここを開けるようなことがあれば、どんな目に会うかわからぬぞ。」
 開けてはならぬと言われれば、必ず開けるのが、昔話の基本中の基本(パンドラの箱やイヴのりんごや浦島太郎の玉手箱)。基本に忠実な青ひげの奥さんは、基本通りに扉を開けました。何とそこには先妻たちの死骸が壁に括りつけられていたので、さあ大変、驚きのあまり、流れ出る血の中にカギを落としてしまいました。あわてて拾い上げる青ひげ夫人、ほうほうの態で自分の部屋に逃げ戻りましたが、気が付くと、カギに血のシミがついているではありませんか。拭き取ろうとしますが、何度拭いてもシミは消えません。
 そこへこれまた昔話の定跡どおり、青ひげが帰ってきます。6週間のはずが1日で帰ってきたのです(仕事が有利に片付いたという手紙を旅先で受け取ったためとあります)。
 勿論、血のついたカギは見つかってしまい、妻が部屋に入ったことがばれてしまいます。
「死んでもらおう」
「死ぬ前にお祈りをさせてください」
「15分の半分だけ待ってやろう」
 青ひげ夫人は、姉のアンに塔に登ってもらい兄たちが来ないか見てくれるように頼みます。今日、来ることになっているのです。
「来ないわ」
「何をしてるのだ」
「何か見えない?」
「いいえ」
「降りてこないか」
「まだ見えない?」
「砂埃が見えたわ。でも、あれは羊だわ」
「降りてこないのならこちらから行くぞ」
「まだ見えない?」
「見えたわ。騎士が二人こちらへくるわ」
・・・
 城の中では、青ひげが片手で夫人の髪を掴み、もう片手で刀を振りかざし、ああ、万事休す、というところで、  間一髪、ドアが開き、騎士がなだれ込んできます。1人は竜騎兵、もう1人が近衛騎兵であることがわかると、青ひげは逃げ出します。しかし、兄たちはすぐに追いつき、青ひげを刺し殺します。
 青ひげには跡継ぎがなかったので、夫人は全財産を受け継ぎ、姉を貴族と結婚させ、兄には隊長の地位を買ってやり、残りは自分のものとしました。
 というのがペローの青ひげです。ペローの童話にはある特徴があります、それは話の後に「教訓」がついていることです。
教訓1.好奇心は高くつく。
教訓2.こんな恐ろしい夫は今時もういない。今、夫婦のうちどちらが主人なのか判断に苦しむ。
1. の方は教訓といえますが、2.の方はコメントといった方が適切です。

 次にグリムの方です。話の大筋はペローと同じなので違うところを重点的に書いていきます。
1. ペローでは「隣りにすむ夫人に二人の娘」となっているところが、「森に住む男に1人の娘と3人の息子」となっています。ペローの方は、突然兄の存在が出てくるので、グリムの方が自然です。
2. グリムでは父に説得されて結婚することになりますが、胸騒ぎがするので前もって兄に、「私の叫ぶ声が聞こえたら、是非助けにきてください」と言っています。
3. ペローでは、カギのシミは拭いても取れないのですが、グリムの方は、拭き取ると、カギの反対側にシミができる。そちらを拭き取ると、反対側にシミが浮き出てくるとなっています。
4. グリムの方は、シミを吸い取ってもらおうと、干し草の中に入れます(結局、取れないのですが)。
5. 助けを呼ぶ声は兄たちに聞こえるのですが、距離がある分、やはり助かるのはギリギリのタイミングになります。
6. グリムの方は、殺された青ひげは青ひげが殺した妻と一緒に壁に吊るされます。
 この二つの青ひげは青ひげの文献的祖形と言えますが、バラージュの書いた青ひげはこれとは随分違います。バラージュはペローやグリムの青ひげをモデルにしたのではありません。
 次にメーテルランクの「アリアーヌと青ひげ」を見てみましょう。メーテルランクは日本では以前、メーテルリンクと呼ばれていました。私もメーテルリンクの方が親近感があるのですが、最近はメーテルランクらしいです。ドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」や、フンパーディンクの「青い鳥」とかで有名です。
 青ひげは5人の妻を殺したと噂されていました。アリアーヌはそれが本当かどうか確かめようとして彼と結婚します。アリアーヌは地下に部屋があると知ると、そこを見たがります。青ひげが「お前も従順な女ではなかった」と詰ると、アリアーヌは「夫婦に秘密があってはならない」と主張します。青ひげは根負けし(或いは、論理に負け)部屋を開けます。中には青ひげの先妻がいました(生きている)。アリアーヌは本当の自由を求め城を去り、青ひげと先妻たちは城に残ります。
 これがメーテルランクの筋です。前の二つと大きく違うところは二つ、一つは青ひげ夫人に名前がついていること、もう一つは先妻が生きていること。アリアーヌというのはアドリアドネのフランス語読みで、シュトラウスの《ナクソス島のアドリアドネ》の、あのアドリアドネです。捉われの身を象徴しています。
 バラージュがメーテルランクの青ひげを土台にしたのはほぼ間違いのないところです。バラージュは妻の名前をアリアーヌからユディットに変えています。ユディットというのは旧約聖書のユディット記に登場するユダヤの女性の名前です。アッシリアの王、ネブカドネザル(史実でバビロンの王)がメディア王との戦いで自分に協力しなかった民族を攻撃するため、司令官ホロフェルネスを派遣します。ベトリアという町を取り囲み、水源を絶ちます。指導者オジアは降伏を決意しますが、ベトリアに住んでいたユディットは皆を励まし、神を信じることを訴え、ある計略を胸に秘めホロフェルネスのもとへ赴きます。エルサレム進軍の道案内を申し出たユディットをホロフェルネスは喜んで迎え、酒宴に招きます。ホロフェルネスは泥酔し、天幕に二人だけに取り残されたとき、ホロフェルネスの短剣で彼の首を切り落としたのです。この話を踏まえてバラージュは青ひげの新妻にユディットという名前をつけたのは疑いありません。

 さて、根本的な(?)な考察が一つ残っています。それは
「青ひげ公のひげは青かったのか?」
 という疑問でです。青々と剃りあげた頬が精悍だとか、尼さんの青々剃り上げた頭が、妙に色っぽいとか、剃りあげた状態で青いというのはあります。皮膚の色と皮膚の下の血管の色が作用しあって青く見えるわけです。それでは実際青い色のひげというものはあるのでしょうか?
 答えはNOです。ではどうして青ひげなのでしょうか。ヒントは競馬方面にありました。
 サラブレッドを毛色で分けると、青毛、栗毛、鹿毛を基調とし、それに青鹿毛、黒鹿毛、栃栗を加え、6種とし、そのほか年齢を重ねると白くなる芦毛、生まれたときから白い白毛、というように分類されます。お―、青毛という馬がいますね。実際、どんな色なのでしょう。答えは黒です。黒光りすると光の都合で青く光って見えることがあるそうです。昔、お百姓さんが自分の馬に「アオ」と名前をつけたり、老子さまが函谷関を青牛に乗って去っていったとか、みんな、黒い馬や牛なのです。
 東洋では黒いひげは珍しくありませんが、ヨーロッパでは真っ黒な髪やひげはかなり珍しいかったのだと思います。黒ひげというのは「厳しい」、「なんとなく恐ろしい」、というイメージがあったのだ、と推測していたら、アナトール・フランスも同様なことを書いていました(ノーベル賞作家が言ってるのだからね^^)。

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