|
新井:それでは、いよいよ、プログラムの方に移りたいと思いますけども。まず、シューベルトのシンフォニーの方からお聞きしたいと思います。まずはですね、作品の内容に当たる前に、プログラムで交響曲の第8番という表記になってんですけども、確か、アーネム・フィルとやってらっしゃるCDでも、マエストロ、シンフォニーは8番になってます。日本では普通、8番というのは未完成なんですけども、マエストロは今回、何故、8番とする理由と言うのをご存知でしたら、お客様にご説明頂ければと思います。
ジークハルト:シューベルトの8番、グレイトに関しては、作曲年に疑わしい点がございまして、彼自身が間違えて年号を書いたのか、或いは、ちょっと間をおいて完成させたのか、色々な説がございます。で、今現在は8番がグレイトで7番が未完成という風にはなっておりますが、正直申し上げて指揮者としてですね、音楽家として7番でも8番でも番号はどうでもいいんですね。未完成もグレイトもすばらしい作品であることには違いがない訳で、番号が変わったからといって、曲が変わるわけではないと思いますので、取りあえず今のところは8番と呼ばれている状況です。新井:確かにその通りで、何番でもいいんですけども。ちょうどね、年号の、着手されました作曲を始めた年代のことについては聞こうと思ってたんですけども、28年とね、普通言われてるんですが、どうも、最近の研究では誰かが手を加えて25年のものを28年と、5を8と書いたんじゃないかという説が今、あるらしいんですけども。ま、そこら辺の真偽はちょっとよくわからないと、研究者の間でも、という所なんでしょうかね。 ジークハルト:音楽学者も詳しいことは判っていない様です。
新井:だそうなんです。ええ、それではですね、曲の内容に関しましては、もう、ここに来てらっしゃる方は、日本フィルでも、結構やってますので。どういう曲かという説明はお客様には必要ないと思うんですけども、マエストロの方からですね、この、アーネムのオーケストラでも最初の一枚目のリリースは8番、あの、グレイトですよね。なんかこう、マエストロ自身がグレイトに思いが何かあるんだと思うんですけども、シューベルトに対する、グレイトへの。ジークハルト:実はこのグレイト、録音するの2回目なんです。最初に録音したのが97年から98年にかけて、ブルックナー管弦楽団を指揮して1回録音しています。今回2回目になる訳ですけども、この録音と以前のブルックナー管弦楽団との録音、これをつい最近、お友達と一緒に聴き比べたんですね。この友達というのは音楽に対する深い造詣がある方なんですけれども、「おお、全然、違うね!」と言われたんです。これはやはり当然のことなんですけれども、人として成長していき、また、色んな経験を積み重ねていきますと、当然、音楽が変わっていきます。で、97年、98年の頃に比べると、私自身のシューベルトの見方読み方が変わっていっているということだと思います。今回はですね、新しく録音するにあたって、スコアも新しく購入しまして、まるで一度も指揮したことがない、一度もこのスコアを読んだことがない、全く白紙の状態に自分自身を戻しまして、このスコアを読み直してみたんですね。そうしたところ、様々な発見が自分の中でございました。特に大きな発見だったのが、テンポです。 一回目の録音の時とはテンポが違います。どこがどう違うかと言いますと、この作品の中には基本となる、作品を通して流れているテンポがあると思うんです。で、これが内なるテンポと申しましょうか、これが丁度ギリシャ神殿の様な、アクロポリスの様なですね。これが建物の基礎を作っている。その上に旋律なり、神殿でしたら柱が立ってる訳ですけども、その基礎の土台というものが、しっかりとした確たるものがずっと作品を通して流れているんですね。これは今回日フィルとやるときでも、このことを大変重視して音を作っています。で、その基礎のテンポをきちっと固めて上に家を、建造物を作っていくという形で、非常になんか、建築の様な、そういう作品という気が致します。基礎を作り、基礎工事をしっかりと固めた上で窓を作ったりドアを作ったりそれから様々な装飾を加えていったり、そういうことをすることによってこの作品の本当の良さというものが出てくるのではないかという気が致します。すばらしい旋律がたくさんある、つい口ずさみたくなるような旋律がある、そういうシンフォニーですけれども、ただただ、旋律だけに流されて指揮してしまいますと、長いだけという、 そういう長大な、延々と果てしなく流れていくメロディという、そういう印象しか残らないですね。ただ、私が目指しているものは、神がかった長さではなく、神がかった音楽、これを実現したいという風に考えております。
新井:新しく版を見直してということは、今回、ベーレンライター版を使ってるんですけども、以前はベーレンライターじゃなく、ブライトコフかどっかを・・・ジークハルト:実は今回使用しているベーレンライター版というのは最近出たものでして、今はベーレンライターを使っています。シューベルトの場合、問題はアクセントなのかディミヌエンドなのかわからないという部分が非常に多い。彼は非常に乱筆で、どっちを言っているのかわからなくなることが非常に多いんですね。特にこのグレイトの中には、ディミヌエンドだらけみたいだと誤解しかねないくらいごさい(注:誤載の意か?)があるんですけれども、これほどディミヌエンドばっかりということはあり得ないというくらい、それらしきものがいっぱい書かれている訳です。その辺のところを今回新しいベーレンライター版というのは非常に注意していまして、他のシューベルトの作品なんかとも比べながら校訂譜というものを作っています。で、私自身、それ以前はわからなかったことが、このベーレンライターの譜面に拠ることによってわかったことが、やはりいくつかございます。シューベルトという人は短命だったということ、それから、非常にせっかちな性格だったようで、非常に筆が荒いんですね。 後の人間が誤解してしまうような楽譜をたくさん残している訳ですけれども、その辺のところをベーレンライターはきちっと校訂しております。ただ、ベーレンライターの最新版の譜面というものがすべて正しいとは思いません。やはりミスもあるという気が致します。ただ現存している様々な版のスコアの中ではベストではないかと思います。
新井:ちょっとすみません。専門的な話になってしまったんで。譜面をお読みになる方には、今の話はよくおわかりになったと思う。でも、譜面は全然自分は読まないんだという方、今の話、何なんだろうと思われる方が。ちょっと、ご説明しますと、こう、譜面がありますね。例えば付点二部音符に、こう、アクセントというのは、普通、こう書くとアクセントなんです。頭を強く。で、ディミヌエンドというのは段々弱くって意味で、普通はこういう風に書くんです。時間をかけて大きいから弱く。それをシューベルトって人は、さっきマエストロもおっしゃいましたけど、書くときにこういう風にさっと、パッパ、パッパ書いていくもんだから、一体、後で見た人は、シューベルトの手稿を見て、後で出版社がこれを見て、これと同じようにして出版する訳なんですけど、一体、こういう短いアクセントなのか、長く、こう、段々弱くしていくディミヌエンド、或いはデクレッシェンドとも、皆さん、お習いになったかと思うんですけれども、(どちらに)したらいいのかというのが従来、常に問題になってた訳なんですよね。そういう話だったんです。
それを今までは、あまりにも長く、すーっとアクセント記号をシューベルトが書くもんだから、ブライトコフなんかそうなんですけど、みんな、段々弱くなる記号だろうと思って、楽譜に印刷してた訳なんですよ。それが最近の研究でそうではないんだと、シューベルトってのはアクセントをそう書く癖があったんで、これは段々弱くするという記号じゃなくて、強く頭を弾いたり吹いたりする記号なんだという風にして、今、ベーレンライターなんかは印刷しているという話だたんです。済みません。とても、専門的な話になってしまいまして。どうもありがとうございました。ではもう、時間も、質問の時間も少なくなって参ります。最後に、まだ、フレデリック・ギーさんとは合わせをしていない、明日するんですけども。ベートーベンの4番、とっても有名なピアノコンチェルトなんですけど、最近日本ではですね、5番の皇帝に比べると、これだけ素敵な作品なのに演奏される機会がないんですけども、マエストロはこの作品はウィーンなんかでは、よく演奏されるんでしょうか。 ジークハルト:確かにこのコンチェルトは、ウィーンなどでも、どちらかというと5番に比べると演奏されないコンチェルトです。ご存知のように5番、「皇帝」これはもう、最もポピュラーなコンチェルトですけれども、大体、ヨーロッパでも1番、3番、5番というのは頻繁に演奏されるんですけれども、間の2番というのはほとんど演奏されない、4番はときたま、演奏されるという程度でございます。私はこのコンチェルトの2楽章が特に好きで、まるでオペラのレチタティーボのような、そういう作品、楽章になっていると思います。オーケストラの方が、フォルテで弾いていてそこに静かにピアノが入ってくるという、この部分がまるでこう、若気の至りで暴れまわっている息子を親が静かに宥めているという、「人生はそんなに単純なものではないんだよ。」と宥めたり、又、経験豊かな父親が暴れる息子にとくとくと語りかけるというような、そういう、オーケストラとピアノ、若い者と年長の経験豊かな人間の対話というものが、レチタティーボの様に2楽章の間、ずっとこう、流れていくというのが、非常にベートーベン、ピアノの大家でもあった訳ですけれど、 が書いた数多くの名曲のなかでも、特に名曲の一つなのではないかと思わせるところです。 新井:成る程ね。ということで、皆様、お楽しみに。フレデリック・ギーさんてのは、実は、2年前、私共、ヨーロッパでご一緒させて頂いた方ですね。フランス人なんですけど、ご自身、ベートーベン、ブラームスが大好きで、この間、プロコフィエフの3番を持って歩いたんで、旅行中に話をしてた時に、是非とも日本フィルと今度やる時にはベートーベンやりたいってことを仰ってたんですね。それが実現出来たということで、彼もとっても喜んでるんじゃないかと思います。 ええ、それでは、どうもマエストロ、ありがとうございました。残りの時間ちょっと質問の時間に変えさせて頂きたいと思うんですけど。それでは、残りの時間、皆さんからマエストロへの色んな、どんな質問でも構いません、今回、奥様じゃないんですけど、お嬢様、14歳のお嬢様がいらしてまして。日本は初めてだそうです。お嬢様への、お嬢様が答えて頂ければの話なんですけど、質問でも構いませんし。別に音楽上のことじゃなくても構いません。ただ、一つお願いしたいことは、ドイツ語が達者な方もいらっしゃると思うんですが、質問は必ず、日本語でお願い致します。それではどうぞ。何しろ初めての方なので。日本は何度目ですか。もう、随分来ていらっしゃるんです。ヨハン・シュトラウスのオーケストラで。
ジークハルト:もう、何度も来ているので、回数、忘れました。何度も来ていますが、毎回来るのを楽しみにしています。新井:別に音楽のことでなくても構わないんです。はい、どうぞ。 お客様:先ほどのシューベルトのシンフォニーの件なんでけど、ザ・グレイトの場合ですね、シューベルトの自筆の楽譜が勿論あると思うんですけど、ジークハルトさんご自身はご覧になったことございますか。 ジークハルト:シューベルトの手書き譜ですけれども、実はこのシンフォニーの1ページ目だけを拝読することが出来ました。実はシューベルトの直筆譜というのは楽友協会に納められておりまして、そこで1ページ、最初の1ページ目だけを読むことが出来ました。非常にこれが勉強になったんですけども、冒頭のこの導入部分、ゆっくりな導入部分がありますけども、これを四拍で指揮する方が結構いらっしゃるんですね。ただ、はっきりとシューベルトはそこにアラ・ブレーベ、二拍でという風な指示を書いているんです。ですから私も、今回は四拍ではなく二拍で、アラ・ブレーベで指揮するように心がけています。で、私にこの譜面を是非見に行けと言ったのがジュリーニさんだったんです。とにかくこれは面白いから、シューベルトが書いたものを、丁度二人とも楽友協会の建物の中にいたんで、上に行って見て来いと言われたんですね。ただ、ご存知の方も多いと思いますが、ウィーンではこういう作曲家の直筆譜というのは宝物のように保管されていて、なかなか、アクセス出来ないんですね。何度も担当者に連絡を入れてアポイントメントを取って、 断られ、又、アポイントメントを取ってと。それにプラス、手紙できちっと申請書を出せとか、色々手続きが複雑ですけれども、ただ、それだけの努力をしても十分に報われるだけの1ページでございました。 新井:今もちょっと専門的な話になってしまったんですけども、あの、ゆっくりなんですね、最初、出だしが、グレイトをお聴きになった方はおわかりになると思います。一見、四分の四拍子に見えるんですけども、譜面にはちゃんと二分の二て書いてあるんです。ゆっくりだから、指揮者の方によってはゆっくり、1、2、3、4と振る方もいるんです。マエストロは1ページ目を見て、1234じゃなくて1トー2トー(読みは「いっとー、にいとー」)という風に二拍子で振るべきだと考えたというのが今のお話なんですね。はい、宜しいでしょうか。 はい、どうぞ他に。どうぞ。 お客様:世界初演のような作品を振られたことがありますか、或いは、それに近いようなことがおありですか。また、その場合、どんなお気持ちで望まれますか。 ジークハルト:私、これまでに数々の世界初演というものをやってきております。オーストリアの作曲家が多いんですけれども、オーストリアの作曲家のほかに、今、オランダのオーケストラも指揮していますので、オランダの作曲家が書いた新作というものも指揮しております。昨年もあるオランダの作曲家が書いたバイオリンコンチェルトを初演しました。そういう時にはですね、出来たばかりの作品、誰も指揮したことのない作品を指揮する場合には非常に自由に指揮することが出来るというメリットある反面ですね、作曲家という厄介な存在が常に会場にいる訳ですね。作曲家というのは大体、音になった段階で、色々とこう、口うるさく、ぐちゃぐちゃ言ってくる。速いだの、遅いだのと言ってくる訳ですね。色々な作曲家との仕事を数々重ねてきた経験上、申し上げることができるのは、こういう生きている作曲家と仕事をする場合には、まず、最初の、初日のリハーサルを迎える前にですね、作曲家と個人的に面談するということ、それで、作曲家に「ご希望は何かございますか」とすべてその場で、リハーサルが始まる前に、全ての希望を聞きだす。 すべて聞き出した上で、これ以上ないと言われたら、リハの時は黙っててもらう。リハの時には口出ししないでくださいと、そこで作曲家の確約をとって初めて、リハの初日に臨むと。でないとですね、やはり私が指揮者として作品を前にしたときに、どんなに生きている作曲家であろうが、死んでしまっている作曲家であろうが、ベートーベンもモーツァルトも現代作曲家でも、同じ姿勢でスコアを前にして指揮をしている訳です。ですからリハーサル中に、ああでもない、こうでもないと口を挟まれるのは大変やりづらい。で、作曲家のために指揮しているのではなくて、彼が書いた作品のために、私は指揮をしている訳です。ですから、作曲家が口を挟むということは作品のためにもならない、という気が致します。実際に残るのは作曲家ではなくて、紙に書かれた作品な訳ですね。それがどんなに上質な紙に書かれたものであったとしても、紙きれな訳です。この紙切れを以って、如何にそこから音を引き出していくかということ、これが我々音楽家に課せられているお仕事な訳でして、作曲家はそこでは口を挟むべきではないと考えております。
お客様:ありがとうございました。新井:とってもいいやり方ですね、それは。宜しいですか。もうちょっと時間がございますので。はい、どうぞ。 お客様:先ほど、120%の演奏でっていう話があったんですけれども、演奏する人と指揮者と観客が一体になって本当にすばらしいっていう気持ちが一緒になる演奏会っていうのは、偶にありますけども、指揮者の方は毎日の様に演奏に立ち会われている中で、頻繁にそういうものがあるものなんでしょうか、それとも、一生のなかで数回しかないものなんでしょうか。 ジークハルト:指揮者としてそうした会場の中での一体感というのは、幸い、感じることはしばしばございます。ただ、いつもそれが成功するとは限らない。やはりそういった状況を作り上げるためには、指揮者が作品を指揮するに当たって、常に全力投球できるコンディションというものを保っていることがとても重要だと思います。その為には、指揮者によっては年間200回演奏会をこなすような人もいますけども、これはやはり全力投球はできない回数ではないかと思います。私自身、年間80回くらいにコンサートの回数を抑えております。それはリハーサルの段階から100%力を出し切るためなんですね。すべてのリハーサルをまるで、一つひとつのリハーサルがまるでコンサートであるかのように、本番であるかのようにリハーサルも指揮しています。これはまだ私がオケにいた頃の経験なんですけれども、実際にリハーサルで力が入らない指揮者というのは、本番でも必ず、力が入らないものです。本番だったらうまくいくよというのは絶対にございません。リハーサルの段階から全力投球しなければいけないと考えております。 勿論、こちらが全力投球していてオーケストラの方も全力投球できていて、だけども客席とイマイチ一体になれないというときもございます。これはもう、様々な要因というものが絡み合っていますので、何かこう、例えば、チケットを、当日券を買われたときに、どこか当日券のカウンターの受付の方が態度が悪くてお客さんの機嫌が悪くなったとか、それから、何か客足が遅れてしまって、会場に遅刻して入ってきたお客様がいて、それによって気分を害された方たちが何人か客席に座っていらっしゃったとか。何かそういった本番ならではのそういったアクシデントがあってなかなかお客様が集中できない空気というものが生まれてしまうことも、ときたま、ございます。ただ、幸い、そういうことばかりではなく、どちらかと言えば、一体になれる時の方が多いです。 新井:だそうです。宜しいですか。はい。ええ、それではもうそろそろ時間なんですけども、どうしても、これは聞いておきたいというものがおありでしたら。はい、どうぞ。 お客様:フロライン・ジークハルトに(娘さんのこと)お聞きしたいんですけど、お父様の付け髭をごらんになったことがありますか。 マエストロのお嬢様:幸い、一度もありません。 新井:好きじゃないんですね。 マエストロのお嬢様:髭付きパパは嫌いです。 新井:だそうです。どうも、マエストロ、お疲れのところどうもありがとうございました。 ジークハルト:こちらこそ、ありがとうございました。 新井:それでは、今月のマエストロサロンはこれで終わりますけれど、今月の定期も楽しみにして頂きまして。来月は私共の客員首席指揮者でございます、ネーメ・ヤルヴィさんをお迎えしてのマエストロサロンでございます。また多くの方にいらして頂くことを楽しみにしています。どうもマエストロ、ありがとうございました。 [ 拍手 ]
新井:あの、どうぞ、ご希望の方は表のデスクの上に置いてございますので(CDのこと)、どうぞ、マエストロのサインを頂いてください。 |