1月の聴きどころ

カルミナ・ブラーナは大好きな曲です。その理由は色々ありますが、まず、20世紀の曲にしては弾いていてとても楽しくなることが挙げられます。20世紀の曲は大体どこかに、3日考えないとわからないリズムと、譜面が真っ黒で練習していると気絶してしまいそうになるところがあるものですが、この曲は、単純にして明快、一度聴けば口ずさめます。かつてバルトークは「今でもハ長調の曲は書ける。」と言いましたが、まさにオルフはそれを実践していたのです。それもほとんどが三和音ではないかと思うくらいわかりやすい調性を持っています。構成も単純明快、まさに「シンプル イズ ベスト」が成功した最たる例と言えるでしょう。リズムは、〜一体何種類のリズム楽器を使用しているのかわかりませんが〜、非常に躍動的で一緒に演奏しているとワクワクしてきます。次の大好きな理由は、その経済性にあります。この曲はいろいろ「3」を意識して書かれています。全体が三部構成になっているとか、ほとんどの曲が2回繰り返される(つまり、都合3回演奏します)とか、このカルミナ・ブラーナ自体、「カトゥリ・カルミナ」、「アフロディーテの勝利」と共に「トリオンフィ(勝利)」三部作とされているとか。そのどの辺がコストパフォーマンスに優れているかというと、3回繰り返すということは、言ってみれば、1ページ練習すれば、それは3ページ練習したことになります。この曲の演奏時間は約1時間ですが、20分ぶんを練習すれば全曲練習したことになるのです。とってもお得です。「一コで3人分淹れられるティーバッグ!」、または、「通常1個でこのお値段!今なら、もう2セットついてきてお値段そのまま!!」級です。ただ、歌詞は3番まであるので、歌う人にとってはその限りではありませんが、なに、人のことなど知ったことではありません。次の大好きな理由は、この曲の内容にあります。昔、テレビでこの曲に映像が付いたものをみたことがあります。びっくりしたなあ、もう。それは外国で制作されたものだったのですが、皆さん、ほとんど服を着ていないのです。あ、皆さんて、オケの人じゃないですよ。演技している方々がです。きれいで豊かな体格のお姉さま方が(当時の私にとっては、お姉さまでした)、上半身裸か、せいぜい薄絹をはおって、男の人たちと一緒に飲めや歌えやの、はたまた踊るわ、いちゃつくわの乱痴気騒ぎをしているのです。目から鱗が落ちました。ううむ、そういう曲だったのか・・・。
それで改めて歌詞を読みなおしました。例えば、第23曲に非常に美しい、あたかも天国から響いてくるようなソプラノのソロがあります。歌詞を読むまでは、天女の声のように聞いてうっとりしていました。それでは、本当はなんと歌っているかというと、とても、いとおしい方、ああ!あなたの前に、この身をそっくり投げ出しますわ!
(呉茂一 訳:オイゲン・ヨッフム指揮/ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団・合唱団演奏のCDジャケットから抜粋)このように歌っていらっしゃるのです。現代風に言えば愛してるわ。私のこと、もう、好きにしていいのよ。まあ、こんな感じですね。見方次第で、天国からの声といえばそうかもしれませんが、ちょっとシチュエーションがちゃうかも。。。曲の成り立ちなども勉強しました。南ドイツのボイレンという村のベネディクト派の修道院で、12〜3世紀の諸国を渡り歩く放浪学生や若い聖職者の手によって書かれた詩や歌(大部分はラテン語)が大量に発見されました(1803年のこと)。それを編纂したものが、「カルミナ・ブラーナ」で、「カルミナ」とは詩集とか歌集とかいう意味、「ブラーナ」はボイレン村の古い時代の呼び名である「ブーラ」の形容詞形なんだそうです。その詩集にはまじめで厳格な詩もありましたが、酒場の歌、愛の歌、風刺なども多数あり、詩集全体からオルフが24篇取り出し、この曲を作ったのです。12〜3世紀、商業の発達に伴い、教養を身につけようとする学生の数が増えて行きますが、その受け皿がまだ充分に出来ておらず、就職できずに諸国を渡り歩く人たちが、〜そういう人を放浪学生というのですが〜、大勢できました。ラテン語を自由に操り、文学に対する造詣も深い、といった相当教養の高い人たちがアウトサイダーになり、風刺と猥雑に満ちた詩歌をたくさん残したのです。それらを題材にしたカルミナ・ブラーナは、一口でいうと、苦悩し、酒も飲み、恋もする中世の若者の力強い生命エネルギーを表現した曲と言えるでしょう(ああ、良かった。穏当なところに落ち着いた)。
ただひとつ、忘れてはならないことがあります。それは、この大曲の冒頭と終曲に「世界を支配する運命の女神」という曲が置かれているということです。そのように配置することによって運命の輪廻を表現しているのです。カルミナ・ブラーナ(という本)の見開きには運命の女神フォルトゥーナとともに、運命の車輪が描かれているそうです。そのことはまた作曲者オルフの世界観でもあるらしいです。私が一番好きな曲はなにかというと、12曲目の「むかしは湖に住んでいた」という白鳥が丸焼きにされながらうたう歌です。この曲は、カルミナ・ブラーナのメインテーマの曲といったものではなく、ひとつのエピソードにすぎないのですが、その雰囲気は極めて異様です。丸焼きにされながら歌う白鳥なんて・・・。この異様な雰囲気をかもし出すテナーとファゴットのソロは必聴です。あと、先ほど挙げた23曲目のソプラノソロの曲も大好きです。それから10曲目(第一部最後の曲)では、なんにも要らない、もしイングランド王妃が私の腕で横たわってくれるというのならなどと歌っています。いいのですかね、こんなこと歌って。王妃ですから人妻だし・・・。不敬罪で逮捕!なんちゃって・・・最後に私のオススメの聴き方を紹介します。演奏会でお聴きになる前に、歌詞を何回か読んでおくことをオススメします。合唱のラテン語や中世ドイツ語が聞き取れて意味がわかれば、それに越したことはありません。でもそういう人は、そう多くはないと思います。特にカルミナ・ブラーナは歌の意味を理解しているとそうでないとでは、印象が全く違ってきます。多分、プログラムには対訳がつくと思いますが、本番の演奏を聴きながらそれを目で追っていくと、それに気をとられて、ひょっとすると音楽が耳に入ってこないかもしれません。あたかも字幕スーパーに気を取られ、映像があんまり印象に残らなかった映画のように・・・。参考までに、ひとつ、訳を載せているサイトを紹介しておきましょう。全曲を通して聴いていて終曲で再び1曲目と同じ「世界を支配する運命の女神」が鳴り響くとき、知らず知らずのうちに見ていた夢から目が覚めます。曲の中で語られる中世の様々なエピソード、目の前であたかも実体験かのように見え聞こえていたもの、それは実はオルフが仕掛けた用意周到な演出であったことに気づくとき(または思い出すとき)、たまらない満足感を私は覚えます。

ビオラ:菊田秋一